風早は起きるなり眼をゴシゴシとこすった。
そして、まじまじと隣に寝ている人物をみつめると、ぽんと赤くなり、
少し考え込んでもう一度ベッドに潜り込んで眼を閉じた。
「う…ん」
しかし隣の人物がなんとも艶めかしい声をあげ、
そしてとろけるような甘い声で”おはよう、翔太君”と言ったとたん跳ね起きた。
「えっ!?ええっ!?ちょっ!?これ夢じゃないの!?」
風早がすっとんきょうな声をあげたのも無理はない。
隣でとろんとした瞳で不思議そうに風早をみている人物こそ、愛しい自分の「彼女」だったのだから。
「くっ黒沼ぁ!?ちょっ!?ええっ!?」
しかしまだ一介の高校生にしかすぎない自分が
愛しの彼女と同じベッドで同じ朝を迎えるだなんて、夢みたいな事があるはずもない。
というか、この頃ようやく何度か口づけを交わすことができるようになったばっかりなのだ。
なのに「彼女」、黒沼爽子はふふっと柔らかく微笑むとするりと風早に抱きついた。
「懐かしいね、その呼び方。…どうしたの?
高校の時の夢でもみたの?」
「高校のとき…って…」
よく見ると面影は残っているが目の前にいるのは自分の知っているまだ蒼さの残る苺のような初々しい少女ではない。
咲き誇る白い花のように成熟し、豊かな香りを放つ大人の女性だった。
風早はそれに気づいたとたん、かーっと頭に血が上り、真っ赤な顔でようやく言葉を絞り出した。
「と、とりあえず、黒沼、その、は、離れてくれる…?」
爽子はそこでようやく風早がふざけているのではなく、何か尋常ならざる事が起こっているのだと気がついた。
「翔太くん…大丈夫…?何があったの?」
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「…じゃあ、今ここにいるのは翔太君…じゃなくて、
え、と翔太君なんだけど、高校生の翔太君…なのね?」
呼ばれたくてたまらなかった名前を連呼されてくすぐったいやら、
でもやっぱりこの女性は俺の「黒沼」じゃないと悲しいやらで
複雑な思いに駆られながら風早は頷いた。
爽子は真剣な顔で何か考えていたが、やがて立ち上がると電話をかけた。
「はい、あの風早の家内ですけど、ひどい熱を出しまして、
ちょっと電話にでることもできない状態で…熱がさがるまでお休みいただきたいのですが
…はい、すみません、ご迷惑おかけします…」
風早が驚いた顔で爽子を見ると
爽子が少し悲しそうに笑った。
「お仕事、行けないでしょう?」
そして、風早は爽子からゆっくり話を聞いた。
風早と爽子は高校の時からの愛を実らせ、今新婚真っ最中なのだということ。
結婚を機に爽子は翔太の強い希望で家庭に入ったのだということ。
その他いろいろ。
時折「翔太君が」と言いかけてそのたびに「…風早君が」と言い直す様子に風早は申し訳なさそうに言った。
「あの、無理しなくていい…ですよ。言いづらいみたいだし」
爽子はその言葉に赤くなり、翔太をじっとみた。
ーあ、大きくなってもこの視線かわんね。
目の前の大人の女性に見えた、愛しい少女の面影に胸が痛くなる。
「あの、だったら、風…翔太君も…敬語やめてもらえる…?」
中身が「風早君」なのだとわかっていても、寂しくなるから…とたおやかな唇が告げた。
風早は複雑な思いで頷いた。
爽子は気を取り直したように少し笑った。
「大丈夫、きっともとに戻るよ。少し翔太君から見たらおばさんになっちゃったけど少しの間よろしくね。」
こうして奇妙な共同生活が始まった。
(続く)
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