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「漫画・アニメ感想・レビュー」
賢い犬リリエンタールレビュー


WJ11号の賢い犬リリエンタールが神過ぎてついレビューなど書いてしまった

2010.02.20  *Edit 

リリエンタールは可愛すぎる。日野家一家は全員可愛すぎる。春永姉弟は萌えキャラすぎるw
掲載順が限りなくYABAI★リリエンタールにはまりすぎて日々胃が痛いです。(いつ打ち切りを喰らうかと思うと)
たぎる思いに耐え切れずついついレビューなんか書いてしまった。
ちなみに1巻発売中!←宣伝してみた。だって打ち切られたくないんだモノ。

しかしレビューを書いたはいいけどリリエンタールのなんともいえない面白さを伝えられなくて歯がゆいですorz
続きより びみょーなレビュー…。

リリエンタールは生まれたての世界を抱きしめる。
今週号を見てそんな言葉が浮かんできた。

リリエンタールは日野家の生まれついての家族ではない
日野家の両親によって日野兄妹のもとに弟として送られた犬だ。
(意味不明な文章にwいや読んでみないと意味はわかんないと思うw)

リリエンタールは最初からスムーズに日野家に受け入れられたわけではない。

おおらかな兄はともかくとして
トラウマから「普通」にこだわる妹のてつこは、「普通」とかけ離れた存在であるリリエンタールを拒否していた。

しかしてつこも不器用な感情の交流を通してイレギュラーな存在であるリリエンタールを受け入れていく。

じわじわと日野家の家族の「ようなもの」になっていったリリエンタールに
今号では兄手作りの自転車が贈られる。

情愛の交流のシンボルのように贈られた自転車はフライヤー号と名付けられる。
勢い込んでおつかいに行くと言い出すリリエンタール。
リリとフライヤー号


フライヤー号に乗るリリエンタールの空でも飛べるような誇らしさとうれしさが伝わってきて
哀しいシーンでもないのにじんわり涙ぐんでしまった自分がキモいw



リリエンタールはおそらく実験動物として、情の介在しない作られ方をしているのだと予測される。

それは依然「前は石の床でしたので」とさらりとリリエンタールが言った言葉に見ることができる。

いしのゆかでしたので

不思議な力とリリエンタールを狙う組織。そしてRDー1というコードネーム。
リリエンタールの生はそんな暗い影に覆われたものだ。

しかしリリエンタールは日野夫妻に(たぶん
)救い出され、そして日野兄妹に預けられた。

RD-1ではなくリリエンタールとして生まれなおしたのだ。

それはリリエンタールを唯一拒否していたてつこが「デレ」たことで完成された。

てつこの「デレ」が明らかになったのは
「あんこくまじん篇」だ。
自分を助けるために頭を打ちつけて意識をとばそうとしたリリエンタールをてつこはそっと抱いていた。

そして今週号のこのシーンがみごとにてつこの心情の変化を表している。
てつこのデレ


トラブルが起こったことよりもトラブルによるリリエンタールのダメージを反射的にまず心配している。
てつこにとってもリリエンタールは「家族」となったのだ。

「RDー1」から「日野リリエンタール」への生まれ直しはここに完了した。

このタイミングで兄から与えられた自転車が
リリエンタールにとってはどれだけ大きいものであったかを考えるときゅんときます。

だからリリエンタールが土手をもらった自転車で
誇らしげに走るシーンはこの物語屈指の美しいシーンとなったのだと思う。

リリエンタールのビジュアルはせいぜい言ってブサかわいいのレベルでしかないけれどw

生まれなおしたリリエンタールが世界を嬉しそうに抱きしめているシーンだから美しいと感じるのですよ。

前述したようにさらりとリリエンタールは冷たい暗いところから生まれたことが予測される描き方をしてある。

リリエンタール自身はその暗さには染まってないのだけれど、
その悲しさの自覚すらないのが逆に哀れともいえる。

そんなリリエンタールが嬉しそうに世界を抱きしめている。
それをみると、ほのぼのと「ああ、リリエンタールよかったね」と言いたくなる。

ユキのせりふを真似ながら(思い出せず、微妙に違うのがまた可愛い)
シャリシャリと自転車をこぐリリエンタールは異常に可愛い。

そして胸が痛くなる。

これはリリエンタールの途方もないうれしさがダイレクトに伝わってきて、幼い頃感じた自分自身の世界への途方もない愛情が蘇ってくるからじゃなかろうか。

リリエンタールのもう一つの魅力はこの途方もない世界への愛情を描写しながらもぽっかりと異空間につながってしまいそうな儚さと怖さがあるところだ。

血も涙もない虎はてつこが紙をくしゃくしゃにしただけでいなくなってしまった。

あれだけキャラが立っているスーパーうちゅう猫も同じように造物主であるリリエンタールがなにげなく紙を捨てただけでくしゃくしゃと落書きのように消滅する。

幽霊のマリーも風船戦士ごむぞうも実在にはほど遠い存在だ。
(実際ごむぞうはあんこくまじん篇でつぶされ、いまだ蘇っていない)

どんなきっかけでくしゃくしゃと消滅するかわからないキャラクターたちが、個性を与えられ、私たち読者に愛着を与えていく。

その無邪気な儚さは薄暗い森を歩かさせられているような奇妙な不安感を生み出す。

さらに話す犬がいてもなんとなくうけいれてしまう世界の
すこしだけ私たちの世界とずれた感じもその不安感に拍車をかける。

この感覚は藤子F不二男や岡崎二郎の「すこしふしぎ」の流派だと思うのです。

この「すこしふしぎ」の浮遊感や夕暮れ時のような不安感は本当はこどもたちに教えたいものなんだけど、
今の少年に受けるとも思えないのも事実だよなあと思う。

リリエンタールは世界への愛を忘れることが怖いのに忘れざるを得なかった大人向けの漫画なのかもしれない。

リリエンタールが好きすぎてついこんなレビューまで書いてしまった。
TOPを走ってほしいなんて大それた夢はみないので打ち切りにぎりぎり中堅ぐらいの地位でのんびり走ってほしい。今限りなく掲載順位は微妙だけれど。

とりあえず地道にアンケート出しときます。

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